大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成7年(ワ)2649号 判決 1996年2月14日

原告

岡島善仁

ほか三名

被告

芳林幸正

ほか一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告らは、各自、原告らに対し、それぞれ金三四九万二〇七六円及びこれらに対する平成五年八月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  本件事故の発生

(一) 事故日時 平成五年八月二四日午前零時三五分ころ

(二) 事故現場 東京都杉並区上荻一―六―一一

被告車 普通乗用自動車(品川三四ち六〇七三)

所有者 被告芳林勇(以下「被告勇」という。)

運転者 被告芳林幸正(以下「被告幸正」という。)

事故態様 被告幸正が、被告車を運転して本件道路を直進中、右方から左方に本件道路を横断してきた訴外亡辛島善己(以下「訴外善己」という。)と衝突して頭部挫傷、頸椎骨折等の傷害を負い、同人は右傷害により死亡した。

2  責任原因

(一) 被告幸正

被告幸正は、前方を注視して進行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠つて被告車を進行させた過失があるので、民法七〇九条により、損害を賠償する責任を負う。

(二) 被告勇

被告勇は、被告車の保有者であるから、自動車損害賠償保障法三条により損害を賠償する責任を負う。

二  相続(甲一ないし六)

原告岡島善仁、同岡島惠美、同原文子及び同藤江格は、訴外善己の子であり、同人の相続人であるから、各四分の一づつ、訴外善己の損害賠償請求権を相続した。

三  争点

被告らは、「本件事故は、被告幸正が被告車を運転し、本件事故現場の信号機の青色表示にしたがつて直進したところ、横断者用信号機が赤色を表示していたにもかかわらず、訴外善己がこれを無視して、横断歩道の直近の本件道路を横断してきた結果、被告車と訴外善己が衝突して発生したものであり、少なくとも八割の過失相殺が認められるべきである。」と主張するのに対し、原告らは、「本件事故は、被告幸正が被告車を運転して本件事故現場に至つたが、本件事故現場の信号機が赤色を表示していたにもかかわらず、これを見落とすなどして直進したため、横断者用信号機の青色表示にしたがつて横断歩道を横断中の訴外善己に被告車を衝突させて発生したものであり、過失相殺をするのは相当ではない。」と主張している。

第三争点に対する判断

一  本件事故現場の状況等について

1  甲一三の一ないし九、乙三の一ないし三、四の一ないし一四、被告幸正本人尋問の結果によれば、以下の事実が認められる。

2  被告幸正が進行してきた道路は、新宿方面から田無方面に通じる都道青梅街道であり(以下「本件道路」という。)、中央部分が白色ペイントの実線で中央線が表示された、片側二車線の道路である。本件道路の幅員は一一・七メートルで、両側にそれぞれ幅員四メートルの歩道が設けられており、歩道にはガードレールが設置されている。本件現場付近の本件道路は、ほぼ直線で、アスファルト舗装されており、平坦で、本件事故当時、路面は乾燥していた。本件道路は、速度が毎時五〇キロメートル、歩行者横断禁止の交通規制がなされている。

本件事故現場の新宿寄り八・八メートルの地点にはゼブラ帯で表示された横断歩道が設置されており、横断歩道の左右両側には歩行者用信号機とともに本件道路を通行する車両を規制する信号機が設置されており、道路標示及び信号機とも、被告幸正の進行方向約一五〇メートルの地点から容易に視認できた。また、本件事故現場から新宿方面に向けて四八・八メートルの地点に歩行者横断禁止標識が設置されている。

本件現場付近は、街灯が設置されており、比較的明るく、また、通行車両の証明で左右が確認できる状態だつた。本件現場の横断歩道の南側、やや田無方面付近には、JR荻窪駅に通じるアーケードがある。

二  被告幸正の供述

1  被告幸正の供述内容

乙三の一ないし三(実況見分調書)及び被告幸正本人尋問の結果によれば、被告幸正は、本件事故の状況について、

「本件現場の手前約二〇〇メートルの地点に交差点があり、信号機が赤色を表示していたので先頭で停止した。信号が青に変わつたので発進した。特に加速したわけではなく、時速五〇ないし六〇キロメートルの速度で走つた。

本件事故現場手前の停止線の手前一六・九メートルの地点で本件現場の信号機をみたところ青色を表示していた。本件事故現場手前の横断歩道上には歩行者はいなかつた。ところが、右横断歩道を通過した付近のとき、前方六・三メートルの地点に右方から左方に横断してくる訴外善己を発見した。訴外善己は、前につんのめるような、ふらつと出てくるような感じだつた。急ブレーキを踏んだが、間にあわず、訴外善己を被告車前部左側に衝突させてしまつた。右方の視界を遮るものはなかつたが、最初に発見した地点まで訴外善己がどのように移動してきたかは全く見ていない。」

と供述している。

2  被告幸正供述の信用性

(一) 被告幸正の右供述が信用できるとすると、被告幸正が青信号で交差点に進入したところ、訴外善己が赤信号で本件道路を横断して本件事故が発生したと認められるので、右被告幸正供述の信用性について検討するに、被告幸正の右供述は、本件交差点手前の信号機の赤信号で停止した後、青信号で発進し、一五〇メートル手前から本件交差点の信号機が青色を表示しているのを確認していたこと、右方から左方に横断してきた訴外善己の歩行の態様等、具体的に供述している上、初めて訴外善己を発見するまで、訴外善己の動静の注視を欠いていたと供述するなど、不明な点、自己に不利な点も含めて、詳細に供述しており、その供述内容には、格別、不自然、不合理な点は認められず、十分に信用できると認められる。

(二) また、原告惠美本人尋問の結果によれば、訴外善己は、本件事故の前日、一人でJR荻窪駅付近で飲酒し、本件事故直前に、本件事故現場の北側にある「すばる」という店で飲酒していたところ、帰宅のため、右「すばる」を出たことが認められる。本件事故時は、終電時間が近いため、訴外善己が電車を利用して帰宅しようとしていたかタクシーで帰宅しようとしていたかは、証拠上、明確ではないが、いずれにしてもJR荻窪駅方向に移動していたと推測できる。そして、前記のとおり、本件現場の横断歩道の南側には、JR荻窪駅に通じるアーケードがあるが、右アーケードは、「すばる」側歩道から青梅街道を横断すると、やや右方に向かつた地点に存在するので、本件道路を横断してJR荻窪駅に向かう場合、本件事故現場付近の横断歩道から右方、つまり田無方面に向かつて移動することになる。本件衝突地点は、本件事故現場付近の横断歩道から右方、つまり田無方面であるので、訴外善己が「すばる」を出て、JRを利用するため、若しくは、タクシーに乗車するためにJR荻窪駅に向かつたとすると、本件事故現場は、各位置関係と矛盾なく説明できる。また、訴外善己は、本件事故当日、飲酒し、相当程度酩酊していたと認められるところ、一般に、飲酒の影響で酩酊していたため、普段とは異なつた不可解な行動に出ることは、しばしば見受けられるところであり、本件事故が発生した時刻は深夜であつたため、車両の通行状況によつては、飲酒の影響から、訴外善己が、赤信号で本件道路を横断することも十分にありうるところである。

したがつて、被告幸正の供述から認められる、訴外善己の横断状況は、証拠上認められる本件事故直前の訴外善己の様子と矛盾しない。

(三) 原告らは、実況見分調書の記載に過誤があり、訴外善己と被告車が衝突した地点が、実況見分調書上の地点と異なると主張し、かかる点から、被告幸正の供述の信用性を争つている。

しかしながら、実況見分調書の作成は、まず最初に立会人の指示で衝突地点を確定し、その地点の基点を基準に衝突地点を特定するという経過をたどると考えられる。したがつて、原告らの主張のとおり、実況見分調書上の基点との距離関係に過誤が認められるとしても、基点を間違つて記載していると考えられ、衝突地点が異なつていると認めるのは合理的ではない。また、仮に、衝突地点の記載に過誤があつたとしても、本件においては、衝突地点は、実況見分調書上の記載より田無側に移動することはあつても、新宿側に移動することはない。したがつて、仮に、衝突地点の記載に過誤があつたとしても、訴外善己と被告車が横断歩道上で衝突したと認めることはできないのであり、右事実から被告幸正の供述が信用できないとする原告らの主張は採用できない。

(四) 結論

以上のとおり、被告幸正の事故態様に関する供述は、不自然、不合理な部分は認められず、他に、被告幸正の供述の信用性を覆すに足りる証拠はないので、十分に信用できると認められる。

二  過失相殺

以上の次第で、本件事故は、被告幸正が被告車を運転して、時速約五〇ないし六〇キロメートルで、本件交差点付近の対面信号の青色表示に従つて本件現場付近を直進しようとしたところ、訴外善己が、横断者用の信号機が赤色を表示しているにもかかわらず、横断歩道から八・八メートル田無よりの本件道路上を右方から左方に横断した結果、被告車と訴外善己が衝突して発生したものと認められる。

本件道路は、直線で、見通しが良く、被告幸正が右前方を注視していれば、被告幸正は、より手前の地点において、本件道路を横断し始め、別添アの地点まで移動中か、若しくは移動し終わつた訴外善己を発見することが十分に可能であつた。被告幸正が、訴外善己の動静を注視していれば、制動をかけるなどして本件事故を回避できたか、少なくとも被害の程度を最小にくい止められたと認められるので、前方注視という運転者として最も基本的な義務を怠つた被告幸正の責任は重いと言わなければならない。しかしながら、右のとおり、本件事故は、訴外善己が、横断者信号が赤色を表示しているにかかわらず、本件道路を横断したため発生したものであり、本件事故が発生した時刻が深夜であり、当時、車両の通行量が少なかつたこと等の道路事情から考えて、歩行者が赤信号で本件道路を横断することも十分に考えられる状況であつたとはいえ、信号機の表示にしたがつて進行していた被告幸正に比すると、信号機の表示に反して横断していた訴外善己の責任の方が重いと言わざるを得ない。そして、本件道路が幅員一一・七メートルの幹線道路であること、本件事故が深夜に発生していること、本件道路の制限速度は五〇キロメートル毎時であり、被告幸正は制限速度を遵守していたか、若しくは、約一〇キロメートル超過した速度で走行していたこと等を考え合わせると、訴外善己の過失割合は七割を下らないと認めるのが相当である。

第四損害額の算定

一  訴外善己の損害

1  治療費等 二五万三七五〇円

甲一四及び一六により認められる。

2  葬儀費用 一二〇万円

弁論の全趣旨により認める。

3  逸失利益

(一) 基礎収入について

(1) 甲一〇ないし一二及び弁論の全趣旨によれば、訴外善己は、本件事故当時満六三歳で、第一種退職年金として年額一四万五二〇〇円、厚生年金として年額一五〇万七五六四円の各年金を受給していたことが認められる。したがつて、訴外善己は、本件事故によつて、平均余命の歳に達するまでの一七・七九年間、毎年、右合計一六五万二七六四円の得べかりし利益を喪失したものと認められる。

(2) 原告らは、訴外善己には右以外にも収入があり、右年金と合わせると、訴外善己は、平成四年賃金センサス第一巻第一表の産業計男子労働者学歴計の六〇歳ないし六四歳の平均賃金である四二六万八八〇〇円の収入を得ていたと主張する。

しかしながら、原告岡島惠美本人尋問の結果によれば、訴外善己は、二〇数年前からスナツクを経営していたところ、甲八の一及び二、九の一及び二並びに一〇の訴外善己の確定申告によれば、平成二年度には九八万四八六三円、平成三年度には一四四万五四一八円、平成四年度には一二八万四三一七円の各所得を得ていることは認められるが、右各金額を超える所得を得ていたと認めるに足りる証拠はない。したがつて、訴外善己の所得は、最高でも右の平成三年度の年額一四四万五四一八円を超えることはないと認められ、原告らの主張は採用できない。

(二) 逸失利益の額

以上の次第で、訴外善己の逸失利益は、最大でも以下のとおりとなる。

(1) 死亡時の六三歳から就労可能な平均余命の二分の一の年齢に達するまでの九年間

年収一四四万五四一八円と年金一六五万二七六四円の合計三〇九万八一八二円に、生活費を四〇パーセント控除し、九年間のライプニツツ係数七・一〇八を乗じた額である金一三二一万三一二六円。

(2) 平均余命の二分の一の年齢を超えた後、平均余命までの九年間

年金一六五万二七六四円に、生活費を六〇パーセント控除し、一八年間のライプニツツ係数一一・六九〇から九年間のライプニツツ係数七・一〇八を減じた四・五八二を乗じた額である金三〇二万九一八五円。

(3) 合計 一六二四万二三一一円

4  慰謝料 二〇〇〇万円

証拠上認められる諸事情に鑑みると、本件における訴外善己の慰謝料は原告ら請求のとおり二〇〇〇万円が相当と認められる。

5  合計 三七六九万六〇六一円

二  過失相殺

前記のとおり、本件では、少なくとも七割の過失相殺を認めるのが相当であるので、訴外善己の損害額は一一三〇万八八一八円となる。

三  相続

原告らは各四分の一づつ、右損害賠償請求権を相続したので、原告ら各自の損害賠償額は二八二万七二〇四円となる。

四  損害てん補 二八八九万三〇七五円

原告らが、自動車損害賠償責任保険より二八八九万三〇七五円の支払いを受けたことは、当事者間に争いがないので、原告らは、それぞれ七二二万三二六八円の損害のてん補を受けたと認められる。

五  損害残額

以上によれば、本件における原告の損害は既に支払い済みとなつている。

第五結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 堺充廣)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例